非結核性抗酸菌症
非結核性抗酸菌症

当院では非結核性抗酸菌症(通称:肺MAC症)の治療を積極的に行っています。肺MAC症のMACは「Mycobacterium Avium Complex」と言う菌の名前の頭文字を取ったもので、”肺マック症”と呼びます。あまりなじみのない病気かもしれませんが、下のグラフを見ても分かるように近年患者さんがすごく増えています。MACは非結核性抗酸菌症(NTM)と言う病気の中の1つの原因菌ですが、NTMの85-90%近くを占めますので、非結核性抗酸菌症と言えば一般的に肺MAC症を意味します。

(AMEDの実用化研究事業支援による研究結果(2014年), NTM naviより)
なぜこのように急激に患者さんが増えたのかはっきりとした原因は分かっていませんが、①病気自体が注目されてきていることで検査が増えたこと、②高齢者が増えたこと、③免疫を抑える薬がたくさん使われるようになったことなどが考えられています。この菌は土壌や水道管、お風呂場の水など日常生活環境の中に存在していますが、病気になる人とならない人がいます。その明確な理由も分かっていませんが、感染者は中年以降の女性に多く、なにかしらのホルモンの影響も疑われています。また、もともとCOPDなど肺に別の病気を持っている人や、ガーデニングなど土いじりをする人は感染のリスクが高いことが分かっています(CHEST.140;723-729,2011)。
初めは無症状のことが多く、健康診断で初めて見つかる方もたくさんいます。進行すると咳や痰に加え、気管支の構造破壊による血痰が出る患者さんもいます。もともと痩せている人に感染するイメージがありますが、慢性気管支”炎”なので炎症が持続することにより体重が徐々に減る人も多いです。重要なことは結核と違い、人から人には感染しないので、肺MAC症と診断されたからと言って人と距離を取る必要はありません。
この菌は通常の生活環境の中にいる菌なので、たまたま痰から検出される可能性も0ではありません。したがって、診断としては喀痰検査で2回菌が検出される、あるいは気管支鏡と言って直接気管支や肺の中にカメラを入れて採取した検体で1回でも菌が検出されることが診断基準とされてきました。しかしながら最近では暫定的診断と言って、痰から1回菌が検出され、採血で抗MAC抗体が陽性であれば診断可能となっています(日本結核・非結核性抗酸菌症学会・日本呼吸器学会基準)。
また胸部CTを撮影すると肺MAC症に比較的典型的な画像を確認することができます。
※当院は周辺の医療機関と連携してCTを撮影しています。
肺MAC症の治療は、①無治療で経過観察する、②肺MAC症に効果のある薬剤を組み合わせて治療を行う、③外科手術を行う、の3つに分かれます。
これまでの報告では10-20%の患者さんが特別な治療をすることなしに痰から菌が出なくなったと報告されています(Respir Med.150: 45-50, 2019, J Clin Med.12(22):7125, 2023)。つまり5-10人に1人は様子を見ているだけで良くなるかも?となります。自然に治りやすい人の特徴として、(1)性別(女性)、(2)痩せすぎでない、(3)65歳未満、(4)CTで空洞病変がない、(5)採血で炎症反応がない、などが挙げられます(Am J Respir Crit Care Med. 2021;203(2):230-6.)。当院ではこの条件に該当するか採血や画像検査で確認し、軽症であれば経過観察の上で治療導入するか検討していきます(慎重な経過観察:Watchful Waitingと言います)。しかしながら治療開始が大幅に遅れると治癒の可能性も低下しますので、状況を適切に判断していく必要があります。
非結核性抗酸菌症の薬物治療は一般的に長期(年単位)に渡ります。目安として投薬により菌が3回連続で痰から出なくなってから1年半程度治療を継続することで再発が有意に抑えられると言うデータがあります(Furuuchi K et al. Chest;157;1442-1445, 2020.)。
肺MAC症の治療で使われる病型毎の薬剤のまとめを示します。
この他、漢方薬を併用することもあります。
| 病型 | 治療レジメン | |
|---|---|---|
| ●空洞のない結節・気管支拡張型(重症は除く) | A法かB法のいずれかを用いる | |
| A法:連日投与 CAM 800mg or AZM 250mg EB 10~15mg/kg(750mgまで) *RFP 10mg/kg(600mgまで) |
B法:週3日投与 CAM 1000mg or AZM 500mg EB 20~25mg/kg(1000mgまで) *RFP(600mg) |
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| ●線維空洞型 ●空洞のある結節・気管支拡張型 ●重度の結節・気管支拡張型 |
A法+治療初期(3~6か月)に以下を併用する ●SM 15mg/kg以下(1000mgまで)週2~3回筋注 あるいは ●AMK 15mg/kg連日 or 15~25mg/kg週3回点滴、TDMで調節(50歳以上の場合は8~10mg/kg週2~3回、最大500mgまで、TDMで調節) 必要に応じて外科治療の併用を検討 |
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| ●難治例(多剤併用療法を6か月以上実施しても細菌学的効果が不十分な患者) | A法に以下のいずれかを併用する ●ALIS 590mg/日吸入 あるいは ●SM 15mg/kg以下(1000mgまで)週2~3回筋注 あるいは ●AMK 15mg/kg連日 or 15~25mg/kg週3回点滴、TDMで調節(50歳以上の場合は8~10mg/kg週2~3回、最大500mgまで、TDMで調節) 必要に応じて外科治療の併用を検討 |
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(成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解― 2023年改訂―)
肺MAC症に効果のある薬剤はいくつかありますが、最も重要な薬剤はCAM(クラリスロマイシン)やAZM(アジスロマイシン)など「マクロライド系」と呼ばれる抗菌剤です。この薬に対して菌が抵抗力を持ってしまうと非常に治りにくくなります。またマクロライド系抗菌剤のみで治療していると高確率で薬が効かない耐性菌となってしまうので、そうならないようにマクロライドを含んだ複数の薬剤を組み合わせて治療することになります。ただしマクロライド系の中でもEM(エリスロマイシン)はCAMやAZMと構造が異なり肺MAC症に対しての直接的な抗菌力を持っていないので単剤で使用しても問題ありません。
次に重要な薬剤はEB(エサンブトール)です。この薬は菌の増殖を抑えるとともにマクロライドに対して菌が耐性になるのを防ぐ役目があります。副作用として視神経炎と言って視力障害や色覚異常が出る可能性がありますので、EBを内服する患者さんは定期的な眼科受診が必要になります。たとえ副作用が出ても早期に投薬を中止することによって通常は回復します。連日内服する必要のある患者さんは12.5mg/kgを超えないようにすると副作用が出にくいことが分かっています(Ando T. et al: Respir Investig;59;777-782, 2021)。週3回投与であれば25mg/kgを超えない(1日量として1000mgを超えない)量での投与が推奨されています。
RFP(リファンピシン)と言う薬剤も良く使われます。しかしながらRFPとCAMはそもそも薬の相性が悪く、薬の相互作用によりCAMの血液の濃度が低下します(Iketani O et al. J Infect Chemother;28(1):61-66, 2022)。したがってRFPを使う場合は少なくとも800mg以上のCAMの内服が望ましいと思われます。AZMに対してはこのようなことはないため当院ではRFPを使用する場合はできるだけCAMではなくAZMを使用します。
難治性の肺MAC症に対しては点滴治療としてアミノグリコシド系のアミカシン(AMK)と言う薬剤が使用されます。これは内服薬でコントロールできなかった場合に、週3回、半年を目安に点滴(30-60分)をする治療になります。副作用として腎機能障害や聴覚障害があります。
※薬剤に対する菌の耐性化が進めば保険適用外の治療が必要になることもありますが、当院では原則保険適用の薬のみ使用します。また当院では肺MAC症以外の治療(アブセッサス)などの治療は行っておりません。
アリケイスは2021年5月から日本で使用できるようになった薬剤です。痰から菌が出続けたり、画像が明らかに悪化するなど内服薬による標準治療で治療効果が不十分な患者さんに使用されます。もともと上述したアミカシン(AMK)と言うアミノグリコシド系の抗生剤が肺MAC症の点滴治療で用いられていましたが、これはAMKの吸入versionということになります。
アリケイスは抗生物質であるAMKを小さなカプセルに包み専用のネブライザー(吸入器)を使用して肺に直接届ける治療です。これにより薬剤が肺の奥の感染部位に効果的に到達し、MAC菌の増殖を抑えます。
どのくらい効果があるのかデータを示します。

この図は6か月以上標準治療をしても痰から菌が出ている患者さんに、アリケイスを投与した患者さんと投与しなかった患者さんで、菌がその後痰から出なくなった患者さんの割合を示しています(Am J Respir Crit Care Med 2018; 198:1559–69)。この論文の結果によればアリケイスを使うことで約3-4倍菌が出なくなる確率が上がったと言うことになります。逆に6か月以上の標準治療で菌が消えなかった場合、そのまま同じ治療を続けてても菌が消える可能性は高くないとも言えます。他にもアリケイスを投与することで20%ぐらい菌の陰性化率が高まったという報告があります(ERJ Open Research 2022 8: 00623-2021)。したがって飲み薬で半年経っても痰から菌が消えなかったり画像が明らかに悪化するようであれば、アリケイスを積極的に検討することになります。
専用のネブライザシステムを用いて、1日1回15分薬液を吸入します。これまでは点滴のAMKは週3回病院に通う必要がありましたが、吸入療法により自宅で日常生活を続けながら治療を行うことが可能です。
アミカシンの重要な副作用として聴覚障害がありますが、点滴と比較して全身に移行しづらい吸入薬なので聴覚障害の頻度は点滴よりもはるかに少ないです(2021年~2022年の市販後調査では聴覚障害の発生は3%程度)。御心配の方は耳鼻科で定期的に聴力検査を受けていただくことで安心感が増します。その他の副作用として、声のかすれや痛み、咳、下痢などが報告されています。また吸入薬によるアレルギー性の肺炎(過敏性肺炎)を起こす人もいますが、速やかに中止することで大部分の方が良くなります。その他、治療中に気になる症状が現れた場合はご相談ください。
※このようにアリケイスは良い薬ですが、高額な治療であるため高額療養費制度を使うことになります。ずっと薬を飲まないといけない可能性を20%~30%下げる薬ですので、なかなか菌が陰性化しない場合には数か月tryしてみて、効果がなければ早めにやめるという選択肢もあります。
病変が非常に限られている場合や、薬でなかなか良くならない患者さんに対して病気のある肺を切除する治療です。肺MAC症によって壊れてしまった気管支や肺には他の菌が付きやすく、緑膿菌や真菌(アスペルギルス)など別の感染症を合併することも多く経験します。病変を切除することで痰や咳と言った症状を改善するだけでなく新たな感染を防ぐこともできます。手術療法の適応になるのは肺MAC症による病変が限られた場所にある患者さんです。
肺MAC症の症状はそれほど強くありませんが、比較的おとなしい菌ゆえになかなか治すのが難しく長期的に付き合っていかなければならない病気です。最近はアリケイスと言う新しい治療薬が出て、長く薬を飲まなくても済むようになる可能性が高まってきました。その一方で1度症状が落ち着いても再発・再感染することもあるため、長期に経過をみることが必要になります。
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